取引先アパレル企業の倒産や、工場の海外移転……。逆風の経営環境で刺繍加工会社・マツブンの社長を継いだ、三代目の松本照人氏。売り上げが全盛期の3割以下にまで落ち込む大ピンチでも、前職の外資系企業でも営業部長として辣腕を振るった若社長は、へこまなかった。
無名の下請けメーカーを、国内外で評価される総合刺繍メーカーへと導くことができた理由はどこにあったのか?
創業〜60年代刺繍ポロシャツの流行
株式会社マツブンは、1939(昭和14)年に現社長・松本照人氏の祖父である松本文作氏が、手刺繍によるネーム刺繍の職人として創業。個人客から持ち込まれるスーツの内ポケットに、個人ネームをひとつひとつ手で刺繍していた。
60年代、松本氏の父である先代社長が二代目社長に就任すると、刺繍加工を機械化。アパレル企業向けに、「ワンポイント刺繍」を施す受託加工業を手掛けた。ワンポイント刺繍とは、アパレル企業から送られてくるポケット布などのパーツに施す刺繍。当時ラコステやアーノルド・パーマーなどの、胸ポケットに刺繍を施したポロシャツが大流行していたこともあり、経営は順調だった。
株式会社 マツブン
代表取締役社長 松本照人 氏
60年代〜2000年代ワンポイント刺繍の衰退
しかしワンポイント刺繍の流行が去ると、取引先のブランド数が5分の1に減少。売上高も3割以下に減ってしまっていた。松本氏が入社した2000年、ピーク時に1億8千万円あった売り上げは、3割以下の4930万円まで落ち込んでいた。さらに当時、人件費の安い中国での生産が台頭し始めたことで加工賃が下落。売り上げも利益も減少する一方だった。
「一刻も早く、この状況を変えなくては」。松本氏は対応を迫られた。
同氏はマツブン入社前、成果やスピードが何より重視される外資系の商社に10年間勤務し、営業部長を務めるまでになっていた。市場について日々考えてきた同氏には「売る」ための方法論があった。
商品である自社の刺繍は美しく品質が優れ、外国や他社の製品と比べても価値が高いと評価されていた。
経営環境の変化時代に合わせたターゲットの選定
「刺繍加工業の経営環境が変化し、このままではビジネスが成り立たないのが明らかでも、うちの刺繍は質が高い。この刺繍が売れ、ビジネスになる市場はどこにあるのか」。同氏は考え抜き、「ユニフォームとしてオリジナルポロシャツを作ろうとしている、一般企業の担当者」という新しい顧客像を見出した。
この顧客像に合わせ、顧客・商品・販売チャネルの全てを大転換した。
まずは一般企業の客を獲得するため、ECに舵を切った。02年、ホームページのターゲットを一般企業向けに変更。「ポロシャツ」というキーワードでリスティング広告を開始し、SEOも強化。インターネット検索でユニフォームやノベルティの発注先を探している一般企業の担当者に、同社を見つけてもらいやすくした。
次にターゲットの変更に伴い、商品の一部分(ポケット布などのパーツ)ではなく、ポロシャツやタオルなど最終商品を販売することにした。刺繍を施すポロシャツやタオルなどは、同社が直接仕入れている。
刺繍の内容も、一般企業がユニフォームやノベルティに使う「企業ロゴ」に絞った。流行によって毎年変わるアパレルのファッション刺繍と違い図柄がずっと変わらないため、製作コストが低く、リピート注文も期待できるという利点もあった。
マツブンは、コカ・コーラ社のワッペン(ライセンス商品)製作も手掛けている。これも同社の技術に対する高い評価を物語る。初回のサンプルで、米国アトランタ市の本社からすぐにOKが出たという
ポロシャツは、ジャケットの下に着ても違和感のない、台襟付きで細身のシルエットの型を自社で企画。刺繍の位置も、ジャケットを着ると見えなくなる半袖の袖口に施すなど工夫した。これが「洒落ている」と好評を博し、外車販売会社でディーラーのユニフォームに採用された。
細かい刺繍を施した今治タオルも、「刺繍にも素材にも高級感があり、品質の高さが伝わる」展示会などで配布する企業のノベルティとして人気が出た。
今では同社の刺繍はファッションの脇役に留まらない。顧客のブランド力やメッセージを伝える重要な媒体だ。
高級感のあるロゴ刺繍が、ブランドやメッセージの価値を高める主役的な存在になっている。
これらの取り組みの結果、現社長の入社時の00年と比べ、アパレル企業80社から一般企業1200社へと、顧客は完全に入れ替わった。そして売上高は480%増の約2.4億円にまで成長を遂げた。そのうちインターネット経由の売上が約90%を占めている。
好調キープの要因お客様を第一に考えた対応
同社の品質へのこだわりは、「商品」だけではなく「スタッフの対応」にも感じられる。同社への電話や訪問の際にすぐ気付くのは、営業や接客担当の社員の対応の的確さや、工場勤務のスタッフまで元気な挨拶や笑顔が絶えないことだ。「特別な研修をしているわけではないですが、社員やスタッフについては社外の方によくほめていただきます」と松本氏は笑う。
レベルの高いスタッフが揃う会社・工場から生み出される製品は、必然的にレベルの高い製品になるのだろう。
「web上で見積もりができる」という便利さ、「最短15営業日で納品可能」というスピード、「版代無料」「定額制」という良心的な価格設定にも、「消費者や顧客の立場になって考える」、同社の姿勢がうかがえる。
同社が快進撃を続けているのは、そうした姿勢やサービス意識が、社内のすみずみまで徹底しているからだ。
マツブンの未来お客様を第一に考えた対応
祖父が創り父が育てた「マツブン」を継ぎ、さらに大きく成長させつつある松本氏。「父親は祖父の会社を、自分は父親が育てた会社を作り変えてきました。新しい時代を担う者が、自分で新しいビジネスや市場を創るべきなのです」と語る松本氏。これからも新しいチャレンジを続けていく姿勢に変わリはないようだ。
今後は“今治タオル”のように、東京にある製造業の他企業と合同で、「made in 東京」ブランドを立ち上げ、その価値を高めていきたいと語る松本氏。東京オリンピックに向け、日本中に、そして世界に技術力や高い品質をアピールしていけるはずだと意気込む。
マツブンによる“made in 東京”の、高級感のある刺繍。
一度手に取って実際に見てみれば、その価値が実感できるはずだ。